無料ブログはココログ
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

アンジェラ先生のHP

sallyのフリースラインドハーネスのHP

Another Sandbox

  • Another Sandbox
    “犬の砂場”の非公開ブログです。閲覧には許可が必要です。こちらの砂場ではより多くの犬たちの活躍、そして犬たちのa substantial speech を楽しんでくださいませ~。

お勧めマズルガードのお店はこちら

㈳日本愛玩動物協会

FB

« ベータなオメガだからかな? | トップページ | Liddellとソラ・・・心の友。 »

2008年2月 5日 (火)

誰とでも遊べる犬って・・・。

20080204_p2040296 ある人から前回と似たような質問を受けました。

「どんな犬とも(誰とでも)遊べる子(ご自分の犬のこと)にしたいのですがどのようにしつけたらいいですか?」

しつけ・・・?遊べるようにするのもしつけなんですか・・・?私のほうが聞きたいですねぇ。まずちょっと考えていただきたいのは、なぜ犬との遊びをそんなにも重要視するような風潮がでてきたのか?それは、たぶんドッグランや犬カフェの出現ではないのでしょうか。私もこうしてブログにLiddellのことを記していると、いつでも犬たちと遊ばせていると考えられてしまっているようですが、そんなことはありません。基本的なしつけ、オビトレが入っていないのに、他犬と遊ばせることはないと断固としてないといっておきます。ロングラインをつけていれば、呼び戻しが不要とか無制限に近いくらいにラインを伸ばす飼い主は、やはりどこか間違っていると思います。

Liddellは、呼び戻しができないころがずいぶんと長く続き、私がこれまで飼った犬の中では断トツのかっとび犬でした。それを、負の罰だけで確実性のある呼び戻しができるようにしたのです。一年前の夏は、毎日毎日、何キロも走り続けなけらばならない、負の罰でのリコールのトレーニングです。おかげで4~5㌔も私は減量に成功しましたけど・・・。

20080203_p2030002 けれど当時は「本当にこんなことで呼び戻しができるのだろうか…」と不安な毎日でした。でも、正の罰での呼戻しよりも、確実に飼い主への執着心を植え付けるためには、効果の遅い負の罰を選択しました。Liddellは今でこそ、食べ物による正の強化ができるようになりましたが、あの頃は、食べ物よりも犬と遊ぶことを強く要求する犬でした。

そして私は今でも、まずLiddellの要求を受け入れてあげたあと、必ずオビトレのトレーニングをします。それは一日たりとも欠かしたことはないですし、犬との遊びの中でも、幾度となくリコールをかけます。一度出した指示には、必ず従わせることもします。以前書いたと思うのですが、もともとはオビトレがガンガン入った犬がどちらかというと好きですから。リーダーになれない(犬に対しての優位性)人間は、ちょっと楽な犬との関係を持ちたがるような気がしますが、それでは自分の犬も他犬も、人の命も財産も守れないと思います。どんな方法を用いようが、自分の犬には最低限のしつけや基本服従を教えるべきだと思っています。それが責任でないかと思いますが・・・。

だから、犬との遊びだけを重要視しているわけではないのです。

誰とでも遊べる犬がいたら私がほしいですね。Liddellはそうではないのです。そんなに軟性の犬ではないのです。自分に敵意を持つ犬には、初めこそ穏やかな接触と拒絶を試みますが、あまりにしつこいと怒髪天ですから・・・。それを私のコマンドだけで制止させるのですから、誰とでも遊べる犬なんてこと思わないでほしいです。やはり初対面の犬同士であればまず、はじめに飼い主同士があいさつし、互いの犬のようすを観察してから気が合う合わないを確かめたほうが、賢明な飼い主さんではないのでしょうか。

20080201_p2010282_2誰とでも遊べる犬、これは擬人化です。それとも誰からでも愛される子のことなんでしょうか?それは犬である以上、無理です。犬を好きになるならないは、煙草と同じぐらいの嫌悪の心境が絡むと思うので。

人の子だって、すぐに仲良くなるのは、ほんとに幼いころだけでしょう?。犬の社会化期にいろいろな犬と遊んだ経験を積んだとしても、成長とともに遊ばなくなる犬もいます。

犬同士で遊ぶことと、犬の会話が理解できていることとは全くの別のもんです。

20080201_p2010283 犬の会話を理解しなくてはならないのは人のほうであり、それを学ばなければならないのも人だと思います。そして犬対犬、犬対人との事故や咬傷を未然に防ぐために必要なことなんだと思うのです。

それにLiddellは単に遊んでいるわけではなく、他犬を癒そうと思っているのでもなく、自分の本能に従い無駄な争いを避けようとしているにすぎないのだと思います。それをうまく他犬に伝えるスキルを持っているだけなんです。

ある程度の寛容性と寛大さはその飼い主にあるもので、犬はそれを映す鏡だとつくづく思います。そして自分の犬との確かな絆があるから、他犬との遊びを許容できると思うのです。その前に、人と共に暮らすことでしか命の存続ができない犬のため、敵意のない人にいきなり吠えついたり、咬みついたりしないように、人の社会で生きるための社会性を教えてほしいと思うのです。その社会性のため、犬の会話を人が学べよ!と、犬たちが叫んでいるのかもしれませんよ。

20080204_p2040306_3 今まで数多くの犬との接触があっても、Liddellが大きな咬傷に遭遇しなかったのは、私が注意深く接触する犬を選択してきた過程があるからです。その筋の先生のアドバイスを受け、どの程度までならLiddellが無傷で Teachingできるか、本当に気を使います。自分の犬を好んで敵意むき出しの犬に差しだす趣味は私にはありません。また遊びと本気の境界があいまいな犬にもTeachingさせることもないのです。

ドッグランでも、Liddellは私のそばから一定の距離で離れません。他犬と絡んでいても、その視線は常に私の一挙手一頭足を見ています。

その眼は、私のコマンドにすぐに従えるよう注がれているように思います。そして、彼女が困った時の「どうしたらいい?」という視線にすぐに答えられるように、私もLiddellをとおして犬の会話を学んでいるのです。

« ベータなオメガだからかな? | トップページ | Liddellとソラ・・・心の友。 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/502764/40008048

この記事へのトラックバック一覧です: 誰とでも遊べる犬って・・・。:

« ベータなオメガだからかな? | トップページ | Liddellとソラ・・・心の友。 »

最近のトラックバック

カテゴリー