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2009年10月 1日 (木)

Liddell The Teaching dog88 liddellの見る夢。

20090928_p9282457 飼い犬たちは、オオカミの夢を見るのか?

liddellの薄毛のことを気にしてくださる人の中に、Teachingに対するストレスがあるのではないかと、ご心配してくださった方がいました。

確かに毛が抜けるというとストレスということも範疇に入りますが…。

Teaching Dogでカテゴリされるαやβ、ωは持って生まれた素質だと、アンジェラ先生は説いています。

(画像は、liddellの落ちつけシグナルで動きを止めるゴンタ、このシグナルの読み取りができるようになるのがセルフコントロールの一歩。ゴンタは、近ごろ相手の動きを見て自分を抑えることができるようになってきた)

少しばかり重要な役割を担うこの3タイプは、生まれいずる以前、受精の瞬間にその遺伝子は組み込まれるそうですから。

ですから、人が作ろうにも(人が教えてもTeachingをするとは思いますが)作れるものではなく、それこそ、人のいう義務(道徳的な強制であることをさします。が、そもそも犬には道徳的概念はないそうですから…)から来る行動でもどうやらないようです。

えっ、話がむずかしぃthinkふむ、そうですね。へちまこも難しいお話は嫌いですcoldsweats01で、じゃあ、何があるのか?人が理解しやすい言葉なら「使命(自分に課せられた任務、天職)」じゃないかと思いますよ。

そして、単にそれをするのが好きだから。

誰かに課せられた任務ではなく、自分から自分に課せられた任務で、それが自分に対する最大のごほうびでもあるようです。

20090928_p9282458 (Aコカのチーズは、liddellとゴンタのフリープレイの中には入ることは、liddellから許されない。チーズも子犬期にliddellにたくさん遊んでもらった経験を持つが、liddellが誘わない限り許されないのを心得ている。もともと犬は、一対一の関係を築くことで群れ全体の調和を保つらしい。首あたりをがっつりくわえられてうれしそうなゴンタ♪)

もし、義務からの行動であれば、それは人が犬に教える、訓練やオビトレ、funtaskと同じようなものになってしまいます。

義務からくるTeachingは、それこそストレスになるのです。

だから、Teachingのとき、liddellからへちまこへのテンションはないに等しい状況になる。それは、義務がないから。へちまこに対する義務のかけらなぞ見当たらない。

へちまこがliddellに義務を持たせているものがあるとしたら、「リコールには必ず応じること」と「名前を呼ばれたらとにかく動きを止める」この二つ。

オーパスがきた日も、へちまこはliddellにオーパスのほうへ送り出すようなことはしてないはず。Teachingをして来いという指示を与えるのは、人のためにTeachingをして来いと、強要することになるのです。

liddellは、オーパスが来た日も、コーギーのゴンタが仲間になった日も、自発的にどんな犬かを確認し、必要であればそこからTeachingが始まるのです。

20090928_p9282459 (誘ってもらえるのを期待するチーズ。チーズはなりはかわいいけど、けっこう強い。自分に自信があるので普段は滅多に争わないが、いわれなき言いがかりには断固、自我をとおすがliddellとは対立しないようにしている。)

すくなくとも、liddellという犬は人のためにTeachingを行う犬ではないようで、誰のためって、そりゃあ遺伝子レベルでの「こいつをほっておいたら、群れ全体の平和にかかわる」と判断させる何かがあるのではと、へちまこは思っているのですよ。

20080811_20080811_p8110295 この3頭の見事なシンクロ度(へちまこの一番オキニの画像です)

この犬語の完結を見ることができる幸運は、犬の言論の自由を奪っていないからではないかと思うのです。

ずいぶん前に人の指示で遊ぶ犬というのを見たことがあります。確かに、遊んでいるように見えるのですが、視線は常に人を確認するんですね。

そして、おたがいの飼い主に呼ばれるとトリーツがもらえるんです。

そして、また指示があると遊ぶ…と、いっても単に並んで走るような感じでした。

えっ、それって、遊びなんですか?そこまで人の介入を必要とするようにしてしまったのでは?

でも、飼い主ふたりはそれを犬たちの遊びだと疑わずにいました。仲良く遊ぶこの犬たちは、その周りにいる同族にはついぞ、自発的な働きかけはありませんでした。

20090928_p9282460

(大きな獲物を倒したら、すかさず首に食らいつくことcoldsweats01いえ、たまに子犬に勝たせてあげれる度量がなければ、Teachingは務まらない。liddellがこうしてお腹を出すのは子犬の相手以外ではあまり見ることができない。また、その役割が入れ替わるということに深い意味がある。そう、おたがいを補完するということの下地)

一般的ないい犬という形が、人の指示に従い、人に判断のすべてを委ね、争いをさせず、人に反抗しないということに限られるなら、liddellという犬はヤサグレな犬だと思われても仕方がないのかもしれないcoldsweats01

20090928_p9282462 (左のシーズーは犬が苦手。この場所に入ってくるときには必ず大きな吠え声で来る。自分がいることを周りに伝えてることで自分なりに安心感を得ようとしている。吠え声に気づいたゴンタが駆け寄ろうとしてliddellの介入(スプリッテン)にあっているところ。ゴンタの視線は、liddellのシグナルをちゃんと理解しているので、この小さな仲間を以前のように追いかけまわすことはなくなった。犬が同族に与える罰の一つタイムアウトは人の行うそれよりも短いと思う)

だけど、人がいなければ安心で安全な犬になれない犬よりも、人がいなくても人という動物に信頼を寄せ続ける犬のほうが安心で安全な犬だと、へちまこは思うのです。その犬が、スワレやお手やフセなどができなくても。

Img_5801 もし、liddellがTeachingによるストレスを感じるなら、Teachingをしなければならない犬を目の当たりにした時に、させてもらえないというジレンマから生じるストレスではと思うのです。

liddellが見る夢は、遠い昔に同族と狩りをして暮らしていた夢なのかもしれない。

liddellは、その夢のかけらを寄せ集めて、飼い犬であっても、オオカミの夢を見るのかもしれない。

ではpaper

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