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« 食べ物ではない、報酬を考える…再び。 | トップページ | 「動物愛護管理法を考えるシンポジウム in 神奈川」のお知らせ 追記あります。 »

2011年4月 5日 (火)

好奇心を奪う、食べ物の報酬。

食べ物による報酬を考えるという記事について、たくさんの公開非公開のコメントありがとうございます。

非公開を望まれる方には、食べ物による報酬の使い方に疑問や猜疑心を持つ方がいるんですね。

へちまことしては、長年の子犬とリデルとの関係を観察しながら、やはり、食べ物の報酬はかなり人側が慎重に使わなければ、一利もないことになるのではないかと思いましたよ。

で、ね、それはなぜかというと、先日、ある子犬と人との関わりを観ていて、それはまずいよね~と、へちまこ思いました。

せっかくの子犬の人に対するまっさらな心を壊しているのではないか…と、思うんですよ。

食べ物などに頼らなくても、人は、犬のいいものとして存在できるはずなんです。

好奇心が食べ物によって、壊されない限りは…。

子のつくすべてのもには、もう大人と呼ばれる人種には薄れてしまった、好奇心というものががたくさん詰まってるわけです。

好奇心があるから、人は、宇宙にまで、また、その外宇宙にもまで、文明を進めることができたといいます。

で、子犬ちゃんですが、まだ、2~4ヶ月の子犬なら、好奇心がたくさん詰まった心で、同族ではない、異種の動物にも躊躇なく近寄れる個体がいるのです。

愛護センターの子犬たちも、ごく自然に人との交流を求めます。

だけど、先日は、その子犬の好奇心を踏みにじるように、すぐに食べ物をあげる人を見かけました。

子犬は、自分の好奇心の赴くままにその人に近寄っていきました。

ごく自然に誰に強制されるわけでもなく…。

ところが相手の人は、『あらぁ、かわいい、おやつをあげるわ~』と、食べ物を出したのです。

子犬は喜びました。

だってねぇ、思いもよらずのごちそうです。

でも、でも、へちまこは見ていました。

子犬の瞳が、人への期待が食べ物に移るのを…

ああ、どうして、子犬の心を踏みにじるの?

あの子は、食べ物など期待してなかったのに…

人への信頼を食べ物に頼らないでも、築けたはずなのに…

その輪を、人自ら崩してしまうのです。

あの子犬は、人からの食べ物なんぞ、期待してなかった。

ただ、人という生き物を信頼しえるものとして、交流できたはずなのだ。

子犬の存在を食べ物で肯定するのではなく、おたがいの触れ合う楽しさや、遊びをとおして感ずる人への信頼…それは、食べ物の報酬など介在しない好奇心というもののなせる技なのだから…。

次の日、その子犬の好奇心は、食べ物をくれる存在としてしか、人を観ていなかった。

ああ、残念だわ。

20110302_p3023660 何の怖さを乗り越えさせるときにも、犬の不適切な行動を修正させるときにも、人は、食べ物に頼ることが多いですよね。

でもね、食べ物食べたさに怖い心を我慢して、その対象物に近づくことがその恐怖を乗り越えているように見えるかもしれないが、それは本当の意味での克服じゃないと思うんですよ。

どうかですかね?みなさんthink

えっ、そうしてるうちに(食べ物を使っているうちに)慣れるはずだって?

そうかしら?

では。

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コメント

こんばんは。 気遣いのお言葉ありがとうです。 ちなみにこうしてコメントに来ているのは脳ミソが元気な印。(笑)
そして・・・ 「オカワリ」の声を上げてみたら、まさか本当にオカワリ記事が出てくるとは思いませんでした!( ̄▽ ̄)


>>どうかですかね?みなさん

どうもこうも、そりゃもう全文に激しく同意です。 僕も2日前に、生後2ヶ月の仔犬を飼っている犬友さんに似たような話をしたところです。 その日、近所の人に初めて仔犬を会わせたとのことだったのですが、犬友さんはその時のことを振り返って「餌を上げてもらえば良かった。」と述べました。 だから僕は「餌は与えて貰う必要はないですよ。 何故ならば、そんなものに頼らなくても人に馴染める年頃ですから。 人に不馴れな犬を除けば、無闇におやつを与えてもらうと、おやつの値打ちが下がります。 」とアドバイス。

へちまこさんの仰るとおりで、仔犬の好奇心を棒に振るのは凄く勿体無い話です。 また、人が苦手な成犬個体であっても、特別な個体を除けば対人好奇心はゼロではないんですね。 それを如何に引き出すアプローチを掛けるか、もしくは恐怖心の影に潜む好奇心を引き出せる環境を如何に用意してあげるかが重要であり、食べ物を使うにしてもそうした事前の働き掛けがあってこそ威力を発揮すると思います。 だから僕は不馴れな犬ほど初めから食べ物を与えるようなことはせずに、まずは自分に対する警戒心を払拭したうえ与えるようにしています。 食べ物で警戒心を解くでは順序が逆ですね。(^^)


>>えっ、そうしてるうちに(食べ物を使っているうちに)慣れるはずだって?
>>そうかしら?

いきなり食べ物に頼ると、結局は食べ物がなければその場をやり過ごせないように成りかねませんよね。 それは食べ物で矛先を変えるだけの「対処法」であり、馴らし(社会化)とは呼べないでしょう。 食べ物に頼りすぎる方は、犬が食べ物で場をやり過ごせるようになった時、逆に食べ物を抜いていくことに抵抗を感じる方が多いような気もします。 食べ物の使い方としては、最終的に食べ物を抜いても場をやり過ごせることが着地点のはず。 食べ物を「道具」として割り切り、犬の生活をサポートするという考えも悪くはありませんが、頼り過ぎるのもどうかと思います。 そうした犬を見ていると、犬が食べ物に依存をしているのではなく、飼い主の対犬スキル(僅かな努力を惜しむ)ばかりに食べ物依存症になっているというのが正しいような気がします。 その反面、対犬スキルを必要とせずとも誰でも簡単に出来るところが食べ物活用のメリットでもある訳ですが、犬に厳しくなければそれで良しでは勿体無いと思う。(あくまで個人的意見。) 

食べ物は使い方(与え方)次第で諸刃の剣となり得ます。 それだけ道具としては強力なので、だからこそ食べ物を安易に与えずに値打ちを高めておくことも必要だと思うのです。 それは食いしん坊な個体ほど必要なことだと思います。( ^ω^ )

タローの主さんへ。

フフッ…焼き芋などの研究をしているところを覗き見ると、いらぬ気遣いであったわけですね~( ̄ー ̄)ニヤリ

さて、ご賛同ありがとうございました。へちまこ、食べ物使うなっ!と、断じてるわけではございません。犬に何かを学習させるときには、とてもとても、大切なアイテムですからねぇ。

私がね、このブログを書いたわけはね、先日わけあって、リデルのブリさんの所に行ったんですよ。そこにはリデル×30以上のタービユレンやら、黒いグロネンがいるんです。
そして、久しぶりにベルジアンの子犬たちを観たんです。
ここのブリさんは、29年ベルジアン(主にタービュレン)をブリーディングしています。
そこの子犬は、食べ物による餌付け的(おやつを過剰に与えてない)なことはしないので、人に関心がない子は寄らないし、最初から関心がある子は交流を求めるんです。

で、この関心ない子、または、今まで見たことのない人によるのを躊躇する子の様子を観察していて、そうだよね~、あんたたちわかりやすいよね~と、感じました(寄ってこないからと言って、それが病的なほどではないんですよ。またすぐよる子は月齢も低いです)

この子たちは池の鯉のように寄ってきては、触れようとするとするりと逃げて行くんです。でもね、けっして人への好奇心がないわけじゃなく、こちらが関心を持たないでいるとそばに来て観たり、ふんふんと匂いをかぎにきたり、最初から懐きの良い子のことを観察していて大丈夫だとわかると、だんだんとそばに寄ってくるようになるんです。

この間はブリーダーさんも、子犬が他人になつかないから、食べ物やって…と寄せるようなことはしないんです。へちまこは、思いました…これが自然な犬との交流を可能にしているんだ、ということです。そして、食べ物によって、その場が壊されていない…子犬たちのペースで自然と人に寄り添う子犬たちになるんではないかと思いました。

へちまこは、これを大切にしてほしいと、願っていますよ。

食べ物には、魔力がありますよね。人にはお金による魔力。第一の欲望を満たすために脳みそはフル活動します。それが、犬の冷静な判断力を鈍くさせている一因でもあるのではないかと思うのです。

主さんが、お話する通り、食べ物がなければその場をやり過ごすことができないということは、本当の意味ではやり過ごせてなないと思うのです。それにやり過ごすって、なにかしら?ごまかしかしら?それとも…無視かしら?やり過ごせれば慣れたというのかしら?
やり過ごそうとして食べ物に集中していたら、苦手なものが大接近でパニックになる子も見かけますしね。食べ物ばかりに目が行って、相手との距離感さえも鈍くなる。
犬らしくといいつつ、食べ物に関しては仲良くお食べ的な博愛主義を要求する人もいますしね(それこそ犬種的なこと個性的なことが関係すると思うのです)

へちまこは、やはり、食べ物は慎重に使いたいなぁ~。

それにしても主さんのこめんと、いつも勉強になりますねぇ。さんくす♪(o ̄∇ ̄)/主さん。

お! 焼き芋の記事をご覧になられましたか!(笑)  僕は基本的にストレスを溜めない性格なのですが、それでも溜まってくることはあります。 そんな時はハメを外すことでストレスを抜くんですよ~(^^)
己の感情、そしてストレスをコントロールしなければ、犬の感情、ストレス管理は出来ませんからね。

さて、先のコメントはへちまこさんの記事に同意したついでに、見ている方に対する参考としてちょっと角度を変えて反復させて頂いた次第で、その中身はご存知のとおりへちまこさんと同じ思いです。 その中で、意味不明な書き方をした箇所があったので、下記に訂正させて頂きます。


【訂正後】 そうした犬を見ていると、犬が食べ物に依存をしているのではなく、飼い主が対犬スキルを身に付ける(僅かな努力を惜しむ)ばかりに、飼い主自身が食べ物依存症になっているというのが正しいような気がします。


そして、返信コメントを読みながら、「うんうん」と頷く一方で、「なるほど~」とうなってしまいました。 しかもお金の話! 実は先のコメントで引き合いに出そうかと思いながらも、くどくなるので止めてしまいました。(笑) それがこれ⇒

「相当のお金を積まれれば、僕は嫌なことでもやると思います(常識の範囲で)。 でも、お金を積まれなければ嫌なことはやりません。笑」

ちなみに僕は、チーズでも言うこと聞いちゃうかも!?(爆) 

タローの主さんへ。

アンジェラの記事アップで言ってみたら、`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!でしたね~。でも、続きがすごく楽しみ!わくわくで待ってます。

へちまこもお金も食べ物も大好きですし、特にお金はこの資本主義な世の中、なくてはならないものですが、人を蹴落としてまで手に入れたいものがない毎日を送らせていただいてます。手前みそですが、どんだけボランティアにつぎ込んだかわかりません。まぁ、それはね、子どもたちの養育費がかからなくなって、自分なりの有意義なお金の使い方ができてきたように思います。

>「相当のお金を積まれれば、僕は嫌なことでもやると思います(常識の範囲で)。 でも、お金を積まれなければ嫌なことはやりません。笑」

これね、主さんのお言葉、ズンと来ました。

で、ある方のメールのやり取りで、他人を咬んでしまう…というご相談を受けました。いろんな場面で咬むことをがある子のようで、食べ物を使ったトレーニングでご家族や数名のご近所の方は咬まなくなったけど、どうしても、他人(初対面かな)を咬んでしまうというご相談。
自分の方からお散歩中に近寄っていくけど、いざ、その人がさわろうとすると咬んでしまうそうです。
もちろん、その初対面の人の触り方やさわる場所で、犬の咬むという反射を引き出しているかもしれませんが、その飼い主さんの『前脚でおいでおいでをするようにうれしそうに近づくようす』が、綴られていました。これを観たら、誰だって、『わぁ、私のことを大歓迎してくれてるノォ!』と、うれしくなって、かわいくなって、側に来た犬をさわると思います。

でも、咬んでしまう…。

この子が食べ物をとおして、学んだことは?
人が信頼に足るものだったと教え切れたのか?
もちろん、社会化も充分ではないかもしれません…。

で、これと似た事例を扱ったときに、その飼い主さんは後になって、気づいてくれました。

この飼い主さんは、他人が苦手な自分の犬に、“よその人に近づいてご挨拶ができたらごほうび”という、taskを教えたのです(もちろん、他人からもごほうびをいただきます)

その犬は、そのtaskをすぐに覚え、意気揚々と見えるぐらい他人に近付き自分の鼻をよその人に押し付けてご挨拶ができるほどになりました。
飼い主さんは人嫌いを克服したと思っていました。

しかし、いざ、よその人がさわろうとすると、犬は身をひるがえしその手を受け入れることはありませんでした。咬むそぶりさえ見せるのです。
しばらく、このご挨拶でごほうびのtaskを繰り返し、人嫌いを克服しようとしてましたが、ある日、その飼い主さんは『この子は、本当には他人を受け入れてはなかったんですね…これは芸のひとつだったんですね…』と、ぽつりと言いました。

食べ物を使って犬の自発的行動を強化することに、もっともっと、人間が注意深くならなければ、犬が食べ物をとおして観ているものが何か?わからなくなってしまう…と、へちまこは思っているのです。

ああ、へちまこはチーズにビールがいいなぁ~。


おやつの使い方が上手な方ではない私ですが(^^ゞ、本当の意味で犬の役に立っているかどうか良く考えないといけないものだと感じています。特に他人の犬に与える場合、与える人の自己満足になっている場合も多いかと(汗) 食べ物を与えれば犬は喜ぶけれど、お菓子を与えれば子供は喜ぶのと一緒で、それってどうなのかな。
私は、おやつを貰っても貰わなくてもあまり行動に影響の無い個体は、逆に与えても特に毒にはならないけれど、行動が影響される個体ほど慎重になるべきではないかと。慎重と言うのは、あまり与えないという意味ではなくて、熟考が必要かと。
近所にも、他人からおやつは貰うのだけれど、人は嫌いワンコさんがいます。食べ物を差し出せば当然と言わんばかりに寄って来て食べますが、同じ人が触ろうとすると威嚇します(^^ゞ 本当に人を信頼しているのとは違いますよね。また、そういう犬であれば、むやみに他人に近づけることもないし、また、無理に他人を好きにならせる必要もないと思うんだけれど。 それと、食べ物に集中するあまり、周りの犬のボディランゲージが見えず、ガゥガゥがあったりするのも、人間がその状況を作ってしまっている場合は残念だなぁと思います。
アンジェラが言っていた、犬はトリーツより心の平和を選ぶ、という言葉。犬にとって真に重要なのは心の安定である、トリーツはそこへ導くための一つの道具に過ぎない、ということ。おやつの人にとっての利便性に捉われ過ぎてその先を見失わないようにと自分を戒める日々でーす(^^ゞ 人と犬は違うけれど、犬同士はお互いに好かれるために食べ物をプレゼントしたりしないですよね。犬の理にかなった方法で信頼関係が気付ければ一番良いなぁ。

ルークママさんへ。

そうそう、アンジェラは言ってましたね。“トリーツよりも心の平和を選ぶ”って…食べ物で作る心の平和?は、一見犬のためのようでもありますが、人の見たい犬の平和の情景だったりしてthink
犬のボディランゲージをよく見て判断すること、それに行動が影響される個体も…同感ですねぇ。

へちまこは、行動修正に食べ物を使うなとも、報酬によるトレーニングをするなとも思ってはいません。実際自分でもtaskを習得させるときには、これほど便利なものはない、と思っています。

それにトリーツそうですが、クリッカーもね、パキパキならせばいいってもんじゃないしね。とりーつとセットとでよく使われますけど、恐怖や相手に対する嫌悪を明らかに表現しながらも、ガツガツ何かを忘れるかのように食べる子の様子を見ていると心が痛みます。その恐怖や嫌悪の感情を、クリッカーでさらに強化するなんてこと、怖いです。

使うなッ!ではなくて、犬の情動的な動きを、犬のシグナルから読みとれなくてはね。たとえそこでリラックスしたようにふせたとしても、筋肉の緊張、目の光の取り込み方で大きく違いが出てくるわけで…確かに、熟考は必要ですね

命をつなぐ食べ物の力は強烈。特に飢えているときには、理性の長たる人間でさえ見境
がなくなる時も。
周りの犬たちが、平和にご飯食べようよ、おやつ食べよう、と、たとえシグナルでお話しても、人の望む平和と犬たちの心の平和は少し違って見えるのは、へちまこだけなんでしょうかねぇ…

少なくても、その子に嫌いなもんは嫌いと言っていいんだよ、無理して家族以外の人を
好きにならなくていいんだよ、と言ってはあげたなぁ。

そして、その子の嫌悪や恐怖といった情動的な部分を認めつつ、その子の今をリセットしてあげてから、再び人への社会化にチャレンジしてほしいと願っていますよ。

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